【はじめに】私の原体験
子どもは「勉強しなさい」と言われると嫌がるのに、ゲームは言われなくても続けます。
この違いは、単なる意志の問題ではなく、体験そのものの設計にあるのではないか。
そんな疑問が、このテーマを書こうと思ったきっかけです。
大人になってデザインやUXを学ぶ中で、「人は行動をどう促されるのか」を考える機会が増えました。
その時、子どもの頃の自分を思い出しました。
「なぜ勉強は続かなかったのに、ゲームは言われなくても夢中になれたのだろう?」
そんな疑問を考えていた時に出会ったのが、元・任天堂の企画担当である玉樹真一郎さんの著書『「ついやってしまう」体験の作り方』でした。
本記事では、ゲームUXの視点から「子どもが主体的に動きたくなる仕組み」を考えていきます。
【直感のデザイン】どうやって心を動かしているのか
誰もが知る世界的ヒット作『スーパーマリオブラザーズ』を思い浮かべてみてください。
みなさんは、マリオのゲームの「勝ち(目的)」とは何だと思いますか?
「ピーチ姫を助けること?」
「クッパを倒すこと?」
「コインを集めること?」
どれも間違いではありません。
ですが、ゲームを初めて遊ぶ子どもたちは、最初からそんな目的を理解しているわけではありません。
画面が表示された瞬間、子どもたちが直感的に理解することは、実はたった一つです。
「右に進めばよさそう」
この感覚です。
何の説明がなくても、画面を見るだけで「次に何をすればいいか」がなんとなく分かる。
ここには、人を夢中にさせる強力なサイクルが隠れています。
仮説(〇〇するのかな?)
↓
試行(〇〇してみよう)
↓
歓喜(できた!当たった!)
この流れが繰り返されることで、人は「もっとやりたい」と感じます。
私は、この考え方は学校教育にも応用できるのではないかと感じました。
子どもの頃の私は、勉強があまり好きではありませんでした。
今振り返ると、その理由の一つは、学ぶ内容や進め方が最初から決まっていて、自分で選んだり試したりする余白を感じにくかったからかもしれません。
もちろん学校教育には、限られた時間で多くの知識を届ける役割があり、先生方も日々さまざまな工夫をされています。
その上で、もし「自分で選ぶ」「試してみる」余白が少し増えたら、学び方は変わるのでしょうか。
例えば——
もちろん、こうした考え方はすでに実践されている場面もあるかもしれません。
その上で、「選べる」「試せる」「気になる」を増やす視点から考えると、例えばこんな形もありそうです。
ちなみに、理科の実験を振り返ると、実際に手を動かしながら学べる授業は、
この「仮説 → 試行 → 歓喜」が自然に起こりやすく、ゲームに近い体験設計だったのかもしれません。
【驚きのデザイン】予想を裏切る教育を取り入れよう
毎日真面目にコツコツ続けるだけだと、大人も子どもも少し疲れてしまいますよね。
本の中では、脳の疲れや飽きを防ぐには、
「あえて予想を裏切る出来事を織り交ぜること」
が効果的だと紹介されていました。
ゲームでも、ずっと同じことの繰り返しでは飽きてしまいます。
思わぬ展開が起きたりするからこそ、「次は何だろう?」と夢中になれます。
もしかすると、学びにも同じ要素が必要なのかもしれません。
たまには正論やルールから少し離れて、自由な発想で遊んでみる時間。
それは単なる息抜きではなく、学びへのエネルギーを補充する時間になるのではないでしょうか。
例えば、こんなアプローチです。
もちろん、こうした問いに正解はありません。
効率や正解を求められる場面が多いからこそ、たまには予想が外れる体験を意図的に混ぜてみる。
そうすることで脳の疲れがリセットされ、また新しい挑戦に向かいやすくなるのではないかと思います。
【物語のデザイン】つい誰かに話したくなる理由
世の中が『スーパーマリオ』のようなアクションゲームばかりだったら、どうなるでしょうか。
最初は夢中になるかもしれません。
でも、同じ体験だけが繰り返されるゲームだったら、いつか「自分は何のためにやっているんだろう?」と感じてしまう人もいるかもしれません。
では、なぜ人は長くゲームを楽しめるのでしょうか。
著者は、その理由の一つとして「物語のデザイン」を挙げています。
直感的に遊べること。
予想外があること。
それだけではなく、
「この先どうなるんだろう?」
「このキャラクターはどうなるんだろう?」
「誰かに話したい」
と思える物語があるから、人は世界に入り込み続けます。
私は、この視点は教育でも大切なのではないかと思いました。
子どもの頃、「なぜこれを勉強するのか」が見えないまま覚えることは、正直かなり苦痛でした。
逆に、背景や目的が見えた瞬間、急に面白く感じた経験もあります。
例えば、
そうすると知識が点ではなく、ストーリーとしてつながります。
そして人は、ストーリーになった瞬間、覚えるためではなく、続きを知りたくなる。
もしかすると主体性は、「やりなさい」から生まれるものではなく、「続きが気になる」から生まれるものなのかもしれません。
【補足】「つい」動いてしまうエネルギー
同書の中で、とても印象的な例が紹介されていました。
みなさんは、ラジオ体操の第1・第2を合わせると、約66回も腕を上げ下げしていることをご存じでしょうか。
もし誰かから、「今から腕を66回、上げ下げしてください」と言われたらどうでしょう。
きっと多くの人が、
「面倒そう」
「疲れそう」
と感じるはずです。
でも、不思議なことに、あの馴染みのある音楽が流れると、私たちは回数を数えることもなく、自然と身体を動かしてしまいます。
同じ動作をしているはずなのに、「66回やる作業」と捉えるか、
「ラジオ体操をする時間」と捉えるかで、感じ方は大きく変わります。
これは教育や日常の声かけでも同じかもしれません。
「勉強しなさい」
「片付けなさい」
「ちゃんとやりなさい」
と行動そのものを指示するよりも、どうすれば自然と動きたくなる状況を作れるか。
その視点の方が、長く続く仕組みにつながるのではないでしょうか。
子どもを動かすことより、
子どもが“つい動いてしまう環境”を作る。
もしかすると、それも体験設計の一つなのかもしれません。
【さいごに】ゲームのように夢中になれる教育へ
ゲームが夢中になれる理由の一つは、小さな成功体験を積み重ねながら、「次もやってみよう」と思える設計があるからです。
教育や子育ても同じように、子どもが自分で選べる余白があり、小さな達成を実感できて、「続きが気になる」と思える体験が増えたらどうでしょうか。
主体性は、「頑張れ」と押し出すものではなく、つい前に進みたくなる体験の中で育つのかもしれません。
今回紹介した内容は、本書で紹介されている考え方のほんの一部です。
実際には、もっと多くの事例や体験設計の工夫が紹介されており、「人がついやってしまう仕組み」を深く学べる一冊でした。
もしこの記事を読んで、「自分ならどんな学び方が楽しかっただろう?」と思い出した方がいたら、ぜひ身近な子どもとの関わり方や、自分自身の学び方にも当てはめながら考えてみてください。
そして、ゲームが夢中になる仕組みを知ることで、子どもたちが「ついやってしまう」体験を一緒につくるヒントになれば嬉しいです。
【紹介した書籍】
『「ついやってしまう」体験の作り方 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ』
著者:玉樹真一郎
出版社:ダイヤモンド社

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